岐阜文学旅行の報告(4)木曾路馬籠と長良川鵜飼
「木曽路はすべて山の中である」の書き出しで知られる「夜明け前」の作者、島崎藤村は明治5年に馬籠に生まれました。主人公青山半蔵は父親正樹がモデルです。父が夢破れて帰郷し、菩提寺に放火、55歳で座敷牢で亡くなったとき、藤村は14歳でした。大きな衝撃だったことでしょう。写真は、重なり合う木曽の山林を住人誰もが自由に使えるようにと訴える主人公がつぶやいた場所です。「あの山の向こうが中津川だよ。美濃はよい国だねえ。」と。馬籠陣馬展望台)
坂を下りて入った馬籠宿は国際色豊かに賑わっていました。中心部にある「大黒屋茶房」で栗おこわご膳の昼食。美味しかったです。ここは藤村の「初恋」脇本陣の娘おゆふさん縁の店、そのため予約無しで食事できずに店内の資料を一巡して帰るだけの人も多くいました。18歳で明治学院教師となった藤村は20代まで詩人でした。隣の記念館には初版の若菜集、一葉集、夏草、落梅集の4冊が並んでいます。まだ上げ初めし前髪の 林檎のもとにみえしとき 前にさしたる花櫛の花ある君と思ひけりー久し振りに瑞々しい気分でバスに戻り「椰子の実」をみんなで歌いました。
長良川鵜飼 鵜飼観覧船は貸切でした。岸辺から夕闇迫る河中に出て、竿を操る船頭さんから伝統的鵜飼の説明を聞きました。元教師の私たちは質問も活発、船頭さん2人のテンションも上がります。世襲制の鵜匠2軒の綱の結び方、鵜の喉締め具合、出発のくじ引きまで体験、黒い河にかがり火と火の粉が黄金色に輝く鵜飼舟が5隻、間近まで来てくれます。そのたびに「てっちゃあん」などと掛け声をあげ、鵜とかけ引きする腰みのの鵜匠が手を振る交流を楽しみました。5隻が遠ざかると木箱に入った鮎を船頭さんが見せてくれました。なかには鋭い鵜の嘴に傷ついたのも数匹、傷つけずに吐き出させるのも技能の一つとか。鮎、しばらく食べていません。夕飯は焼肉、デザート食べ放題でしたから。帰りのバス内では旭区出身の大学生2人が岐阜駅近くまで同乗し、孫と祖父祖母のおしゃべりが弾みました。2日目終了です。♠♣♥♦ 読書会広報部♦