歩こう!! 神奈川 【横浜古民家をたずねて】(見学会ブログ連載NO 10の②)
〈上の拡大写真は円通寺内発掘により発見された遺構分布図〉
【横浜市内には10箇所の古民家があります。2025年は古民家をたずねています】第10回(その②)は前回の【金沢八景権現山公園「旧円通寺客殿(旧木村家住宅主屋)」】の続きです。
《旧円通寺境内遺構とは》円通寺は南北朝時代に開かれたお寺と考えられますが詳細は不明です。しかし、『相中留恩記略』に複数の建物が描かれていることから、現在の客殿とは違う建物があったと思われます。公園整備工事に伴って、発掘調査をしたところ、地中から建物の基礎石や石垣、石段、石組など客殿の西側を中心に発見されました。現在の客殿が建つ前のものと思われます。〈写真:『相中留恩記略』の東照宮図、写真:東照宮跡から発掘された平場や石段〉

《円通寺新田とは》吉田新田が開発された頃、この地~金沢でも新田開発が行われました。この開発が、永島祐伯(号が泥亀)により寛文年間に埋め立てが開始された「泥亀新田(1668~1851年頃)」です。写真「泥亀新田の範囲図」を見ると、金沢文庫駅、金沢区役所、横浜市大などは、埋め立て前は海の底だったことが分かります。一方、写真の「金沢の古地図(江戸時代頃のもの)」を見ますと、寛政から文政年間(1789~1831年頃)地図上に赤四角囲みした部分には「円通寺新田」と小さく書かれています。泥亀新田が埋め立てられた中途期、円通寺が新田開発を行ったことが分かります。この新田は別名称「小泉(こずみ)新田」とも呼ばれ、幕末期までにその広さは二町八反四畝十三歩(約28,000㎡)だったと円通寺の資料から読み取ることができました。
注;お断り:「金沢の古地図」元図は「泥亀新田の範囲図」と比較する為、編集者が東西南北に合わせ回転して掲載しています。

利用案内:休館日は、毎月第4月曜日(休日の場合、翌日)、年末年始は休み。開館は9~17時、無料。所在地は金沢区瀬戸20-3
行き方:京浜急行・シーサイドライン「金沢八景駅」下車 徒歩約1分
更新予定:9月25日頃〈次回から今年度見学予定の「鎌倉と横浜ブログ」を掲載します〉
◎「令和7年度の予定について」見学会は次の予定で実施いたします。多数の皆様のご参加をお待ちしております。
1回目;【秋の鎌倉を歩く歴史探訪】10月3日(金)9:45~12:15
2回目;【横浜再発見ゆるり散歩】12月5日(金)9:45~12:15