歩こう!! 神奈川 【横浜古民家をたずねて】(見学会ブログ連載NO 8)
【横浜市内には10箇所の古民家があります。2025年は古民家をたずねます】第8回は、広大な面積(67.2㌶)の「新治市民の森」北に位置する【にいはる里山交流センター・旧奥津邸】です。邸内には〈主屋(写真;上)〉を中心に〈長屋門(写真;下)・納屋・土蔵・釜屋〉が保存されています。また、市民の森周辺には、市立新治小学校(写真;後方、手前は里山交流センター)、十日市場小学校、霧が丘中学校、東洋英和女学院大学、横浜創英大学(横浜翠陵中学校・高等学校)があります。

《奥津家の歴史》奥津家は江戸時代初め(17世紀初頭)にはこの地に入植した草分け5軒の農家の一つです。江戸時代を通じて「惣兵衛」「弥八」の名を世襲し、村方三役(名主・組頭・百姓代)を務めていました。現在残る資料では、享保元(1716)年に名主・惣兵衛の名があり、天保12(1841)年に弥八が百姓代になって以降、弘化3(1846)年から安政2(1841)年まで惣兵衛が連続で名主を務めるなど、深く村の運営にかかわっていました。明治35(1902)年から40(1907)年まで徳兵衛が村長を勤めました。徳兵衛は都筑郡会議員や神奈川県議会員など歴任し、横浜鉄道(現JR横浜線)誘致に尽力しました。奥津家は都筑でも屈指の高持百姓として知られ、世襲名の弥八から「ヤハ大尽」と呼ばれました。天保13(1842)年の人別帳には、村の総石高250石の内、約2割に当たる45石の所有高があったとされます。明治5年には更に石高を増し、約56石を所有しました。(下のモノクロ写真は、後方が整備前の奥津邸、中央に長屋門・土蔵がある)

《主屋》構造:木造二階建て、屋根は寄棟銅板葺き、面積は236㎡。太い松の曲がり梁、大黒柱、幅広の床板、木製の建具など、国産の銘木を贅沢に使っています。釘を一切使わずに継手や仕口で組み立てられています。(上の写真が主屋・大広間)
《長屋門》構造:木造二階建て、屋根は寄棟銅板葺き、面積は67.41㎡。天保9年に建てられた表門。横浜市認定歴史的建造物。
《釜屋》構造:鉄筋コンクリート造平屋建て、屋根は切妻桟瓦葺き、面積は60.90㎡。平成18年新築、釜屋と公衆トイレの二部屋からなる。
《納屋》構造:木造平屋建て、屋根は切妻トタン波葺き、薪小屋としても使われていました。
利用案内:休館日は、第4月曜日(休日の場合、翌火曜日)、年末年始は休み。開園は9~17時、無料。所在地は緑区新治町887番。
行き方:JR中山駅より、市営バス205系統、若葉台中央行き「十日市場中央南公園下車」 徒歩10分
次回更新予定:8月10日頃 取材日 7月23日
◎「令和7年度の予定について」見学会は次の予定で実施いたします。多数の皆様のご参加をお待ちしております。
1回目;【秋の鎌倉を歩く歴史探訪】10月3日(金)9:45~12:15
2回目;【横浜再発見ゆるり散歩】12月5日(金)9:45~12:15