歩こう!! 神奈川 【横浜山手の坂 シリーズ⑦ ブログ】
2026/8/28

連載:横浜山手界隈の坂 NO7 フェリス坂 〈別名;西野坂〉
◆坂のプロフィールによると、《元町5丁目からフェリス女学院敷地の間を突き抜けて山手本通りまでの坂》 長さはおよそ120m、左右に曲がりながら上る長い階段坂。元々の名が西野坂と言うようだ。実際にこの坂を上ってみると、途中には、〈フェリスの通用門~写真〉、階段坂をさらに上った先には〈女学院の敷地を跨ぐ橋~写真〉がある。山手本通りに出て左折すると、そこはフェリスの正門がある。汗をかきながら階段を上っていると、どこからか蝉の声が響いて来た。夏休みでなければ、登校中の子どもたちの賑やかな声がこだますのだろうか。階段坂の両側は崖状となっていて、山手独特のブラフ積みが見られる。

◆フェリス女学院は、1870(明治3)年、ヘボン施療所(山下町39番付近にあった住居兼施療所兼教会※注①)で宣教師メアリー・E/キダーが英語の授業を行ったことから始まったとされ、これは日本における近代女子教育の先駆けであった。明治8年には現在地である山手町178番地に校舎及び寄宿舎が完成して【フェリス・セミナリー】と名付けられた。※写真は、外国人墓地資料館所蔵
注① 記念碑には、『横浜市山下町39番地、ヘボン博士の邸宅ありし跡、大地震の崩壊のまま、瓦石堆積し草茫々として何の跡形もなし、ヘボン辞書、旧新約聖書の翻訳のねむれる処』