福井文学旅行報告NO.2-若狭巡りー福井の人の地元愛
旅の2日目の朝食は2階で。福井の食事は美味しく量もたっぷりです。連泊で貴重品のみ持ち、8時半に同じバスのお迎えで出発。北陸道で大飯郡おおい町へ入ります。
車中でガイドさんに、福井の方言を習いました。
「つるつるいっぱい」はいっぱいに盛り上がった液体の様子、「おおきによう」は感謝の言葉等。
車窓にはゆったり緑豊かな山と川。
福井県は県民の幸福度が一位というのも分かる気がします。中学校学力テスト正答率も小学生新聞購読率も一位を続けているそうです。
岡田(おかでん)のさぶり川沿い、字小近谷に「若州一滴文庫(じゃくしゅういってきぶんこ)」はあります。バス1台がやっと通れる道の谷間に自然に溶け込む平屋の本館、竹人形館、くるま椅子劇場、六角堂そして広大な庭園が広がります。
「水上 勉」は、ベストセラーを量産して、稼いだ何億という私財を、ふるさとにつぎ込んだのです。美術館、図書記念館、伝統文化の竹人形劇場という総合文化施設を創り上げた人でした。しかも自身が収集した2万冊!!の本もすべて寄贈したそうな。
館内を案内して下さった長身丸眼鏡の方が、熱っぽく語る「水上 勉礼賛」の言葉に皆、引き込まれました。栞には「たった一人の少年に」という作家の文章が掲載。高い本棚の並ぶ文庫の壁にもそれを簡略化した自筆の色紙があり、紹介します。
「ぼくは電燈のない家に育ったので 書に飢えていた 九才で村を出て 本を讀んで 未知の人生や夢を拾った 作家になれたのも本のおかげだ こんどぼくは君に ぼくの蔵書を解放する 大切な本であるが 勝手に讀んで 何かを拾ってくれ昭和六十年三月八日 水上 勉」
劇場の借景の青い竹林が「水上 勉」の魂のように見えました。
「水上さんはここの経営が行き詰った時にも、また大金を出して下さったのです。
借金までして福井の伝統文化を支え、教育に尽くされました。」との説明もありました。
昨日行った筑前大野城も旧家臣の一族が私財で再建した城、中野重治遺族も土地や蔵書を寄付しています。
福井人の地元愛に改めてぞくっとしました。
水上作品の登場人物が竹人形となって並ぶ広い部屋での、哀し気な表情の人形たちの4本指の美しさも印象的。
竹人形劇は春と秋に地元中心で実施されているそうです。
児童図書が座って読める「ブンナの部屋」で集合写真、「ブンナよ 木からおりてこい」も生と死を考えさせる傑作でした。
「一滴文庫」の意味は同郷の禅僧の言葉「一滴の水も無駄にできない。共鳴の拡がりを呼ぶ源になりえる。」から採ったそうです。
緑の谷間に佇む「若州一滴文庫」は忘れられない思い出になりました。生きることは思い出を溜めていくこと・・です。
くるま椅子劇場の舞台
正午に「道の駅うみんぴあ」到着、ボリュームある海鮮丼を頂きました。
旅の食事はいつも美味しいのが不思議です。
敦賀湾を眺めながら買い物をして三方五湖へ。
展望台からゆったりと広がる湖面が綺麗です。
備え付けの絵地図には「福井の宝 三方五湖」の言葉。京都の舞鶴の近くまで来ていました。
年縞博物館(ねんこうはくぶつかん)は、令和3年11月に全国5700以上ある美術館博物館の中で「日本博物館協会賞」を獲得した所です。
世界一長い(7万年分)水月湖湖底に堆積した年縞の展示で、地球の歴史を示してくれます。
とろろ昆布を広げ横に長く伸ばしたような地層が延々と続きました。
職員の方お二人が丁寧に一つ一つ解説して下さったので、おぼろに理解できました。
考古学や地質学では、堆積泥の放射性炭素残量で年代測定ができるのですが、数百年から数千年の「ずれ」が出ます。
水月湖の年縞は、「ずれ」を修正する世界水準の「物差し」となる優れもので研究者が絶えない貴重な博物館なのです。
隣には、魅力的な「縄文博物館」もありました。一同、好奇心旺盛!勉強好きです。
ホテル着後、ジャンボタクシーの夕食お迎えまで2時間ほどあり、駅近くの北の庄、恐竜広場、福井城址等散歩を楽しみました。
明日は最終日、いわさきちひろ生家、かこさとし絵本館、北前船船主右近家を巡ります。お休みなさーい。