長谷川伸文学散歩ー生きるとはーと言い残した作家
5月23日実施の文学散歩の報告です。梅雨入り前の柔らかな風の中、地元横浜の作家「長谷川伸」ゆかりの地を巡りました。9時半に桜木町改札口に14人集合。再会を喜び合いエスカレーターと動く歩道を活用して、MM21ランドマーク傍らの文学碑にたちまち到着。石碑は草木の香りと木漏れ日の中にありました。
日の出町にあった土建人材派遣業の生家が倒産し3歳で母親と生別、8歳から働き続けてきた経歴を講師が語って下さいました。膨大な歴史資料も演劇資料も独学で解読、収集し、多くの弟子たちに小説や台本の研究会で伝えた気っぷのよい人柄だったそうです。碑文は「佐々木小次郎」作者の「村上元三」。最後の病床で言い残したのは「生きるとは生きる価値を見つけることだ」とのことです。無名の人々の生き様を辛苦と情愛に満ちた作品にした作者らしい言葉です。「瞼の母」は実人生の出来事とのこと。義理人情を重んじた明治のハマッ子気質の元祖のような作家に見えてきました。
2番目の「横浜ドック2号」もすぐ近くです。彼が8歳から波止場小僧として使い走りをした所です。渡り修理の大人たちから渡世の礼儀や闘う男の姿を生で学んだ所でもあります。吉川英治もここで雑役少年として働き「カンカン虫は歌う」の短編を残しました。今はローマ遺跡を連想する異世界空間になっています。途中で皆、ばらばらとなり、いろんな入口から顔を出して、再集合したのも面白い体験でした。
ホテルロビーからタクシーで、日の出町の長者橋へ。日の出桟橋の隣に立札と生誕碑があります。ここの文章も長谷川伸愛に満ちた楽しい内容でした。・・幼くして舐めた辛酸と海に面した国際性と川に沿った民族性・・が新コの人間性を磨いたとあります。治外法権の居留地のちゃぶ屋に六連発拳銃を懐に乗り込み、らしゃめんを開放とも記されています。日活渡り鳥シリーズの小林旭みたいな人ではないですか。「一本刀土俵入り」の名台詞を披露してくれる方や講師の長谷川伸秘話も楽しく、時間があっという間でした。横浜東口29階のランチもリーズナブルな価格で大満足でした。横浜下町大岡川の桜吹雪が似合う長谷川伸でした。
2号ドック
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